2008.12.03 (Wed)
【戦国】島津義久の嘆願
義久は秀吉の命で下向した細川幽斎に懸命に助命嘆願したがかなわず、歳久の孫袈裟菊の助命を許されたのがせいぜいだった。
――歴史群像シリーズ特別編集『戦国九州三国志 島津・大友・龍造寺の戦い』 124頁より
秀吉が歳久の処刑を言い渡した辺りの話です。
義久と歳久は兄弟なんです。
島津四兄弟といって、有名な島津義弘もこの一人です。
長男・義久 (島津総統)
次男・義弘 (特攻隊長)
三男・歳久 (総統補佐)
四男・家久 (軍法戦術の帝王)
内訳はこんな感じ。()内の説明がかなり適当ですね。特に家久。
まあでも……――
「義久は三州の総大将たるの材徳自ら備はり、義弘は雄武英略を以って傑出し、歳久は始終の利害を察するの智計並びなく、家久は軍法戦術に妙を得たり」
と、島津義弘公記にも書かれているらしいので、多分あってます。
>義久は秀吉の命で下向した細川幽斎に懸命に助命嘆願したが
ここで軽く涙目になりました。丼はこういう家族の情愛話には弱い。
某サイトさんでも仰ってましたが、私も義久はなんとなくプライド高そうなイメージ。
日新斎さんから巨大な期待を背負って育ってますから、誇りは高かった気がします。
そんな彼が『懸命』に助命『嘆願』って辺りが泣かせる。
まあ義久さんの性格は完全に私の妄想ですが。
ところで今日は、『そーりん、テレビ出演』の日ですね!
わくわくする! テンション上がりっぱなしで戻ってこない!
その時、歴史は動いたー!
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